組織内エバンジェリスト育成とは

組織が変革を遂げようとするとき、制度や仕組みの導入だけでは十分な成果を上げることはできません。なぜなら、人の“意識”や“行動”が変わらなければ、どんなに優れた戦略も形骸化してしまうからです。そこで鍵となるのが、組織の中から自然と立ち上がり、仲間たちに変化の意義を伝え、共感を呼び起こす存在──それが組織内エバンジェリスト(伝道者)です。
単なる旗振り役ではない「共感の起点」
エバンジェリストとは、組織の理念や改革の方向性に強く共鳴し、自分の言葉でその価値を仲間に伝える人のことです。一般的に「管理職」や「プロジェクトリーダー」など特定の役職に限定されるものではなく、どの立場の人でもなれます。重要なのは、“自分ごと”として語れることと、“他者と信頼関係を築いていること”です。
たとえば、同僚や部下から「この人が言うなら信じてみよう」と思われるような存在が、まさにエバンジェリストの素質を備えていると言えるでしょう。
変革の火を絶やさないために
企業変革のプロジェクトでは、最初はトップや外部コンサルが主導して進みますが、時間が経つにつれて熱が冷めてしまうことが少なくありません。実際、表面的な制度変更だけで終わってしまった改革プロジェクトは数多くあります。
こうした事態を防ぐために必要なのが、社内の“火種”となる人材の存在です。小さくとも確実に燃え続ける想いを持ったエバンジェリストがいることで、変革の意志は継続し、少しずつ広がっていきます。
外からの変革から、内からの変革へ
外部の専門家が優れた戦略を提示し、仕組みやツールを導入しても、組織に根付くには“内部からの働きかけ”が欠かせません。そのために必要なのが、社内で共感を集め、現場で自発的に動いてくれる“伝道者”を育てることです。
つまり、組織内エバンジェリスト育成とは、単なる人材育成ではなく、「変革を内発的に継続できる組織」をつくるための戦略そのものなのです。

なぜ今、エバンジェリストが必要なのか
現代のビジネス環境は、かつてないスピードで変化しています。デジタル技術の進化、消費者ニーズの多様化、社会価値観の転換、そしてグローバル競争の激化など、企業を取り巻く状況は複雑化の一途をたどっています。こうした中で企業が生き残るには、単なる「業務改善」や「コスト削減」だけではなく、抜本的な意識改革や文化変容が求められています。
トップダウンの限界
従来型のトップダウンアプローチは、経営層からの強いリーダーシップを通じて全社的な方向性を示す点では有効です。しかし、その一方で次のような課題も生まれます。
- 現場との温度差が生じる
- 指示待ちの空気が強まる
- 本音が表に出にくくなる
- 表面的な「やっている感」だけが先行する
つまり、「上から言われたからやる」だけでは、社員一人ひとりの内面の納得や自発的な行動にはつながりにくいのです。
共感から生まれる“動き”
そこで必要とされるのが、現場に根ざした共感と行動を引き出す仕組みです。その中心的役割を担うのが、社内のエバンジェリストです。
たとえば、同じチームのメンバーが「この新しい取り組み、実はこういう良さがあるんだよ」と自分の言葉で語ったとき、同僚はより自然に耳を傾けます。上司や外部の人が話すよりも、日々顔を合わせている仲間の言葉には安心感とリアリティがあります。
この「仲間の声だからこそ届く」という現象は、特に組織が変わろうとする時に極めて大きな影響力を持ちます。
現場主導の変革が生むスピードと持続性
変革を成功させるには、「現場が本気になること」が不可欠です。現場の声を拾い上げ、現場から動き出すことで、トップダウンとは違った意味での“変革の推進力”が生まれます。
さらに、エバンジェリストを起点とした動きは、次第に周囲へと波及し、やがて組織文化そのものを変える力を持ちます。これは一過性のブームではなく、継続的・自律的な変革を可能にする土壌となります。
「今こそ必要」な理由
特にポストコロナ時代、リモートワークや多様な働き方が広がったことで、従来のような一斉指示や画一的な研修では機能しにくくなりました。だからこそ、自ら動き、周囲に働きかけられる“人の力”が組織の中に必要とされているのです。
まとめると、エバンジェリストは「情報を伝える存在」ではなく、「変革の熱量を社内に伝播させる存在」です。今という変化の時代にこそ、こうした人材の存在が、組織の生き残りと成長のカギとなるのです。
外部支援では限界がある理由

組織変革や業務改革において、コンサルタントや外部専門家の力を借りることは、多くの企業にとって有効な手段です。外からの視点によって自社の盲点に気づけたり、専門的なノウハウを短期間で導入できるというメリットがあります。
しかし、その反面で“外部支援だけでは到達できない壁”も存在します。
信頼関係という見えない壁
外部の人間は、いかに優秀であっても現場の「文脈」を完全に理解することは難しいものです。たとえば、次のような要素が現場には必ず存在します。
- 長年培われた人間関係のしがらみ
- 暗黙の了解や職場文化
- 過去の成功体験やトラウマ
- 誰が本当に影響力を持っているのかという“力学”
こうした要素は、組織の中に長く関わってきた人間にしか把握できず、短期間のプロジェクトでは触れることすら難しい領域です。
外部支援者が改革案を提示しても、「机上の空論」と受け取られてしまうのは、この“関係性の土壌”ができていないことが一因です。
「外からの変革」は他人事になりやすい
外部の力で変革を進めようとすると、社員の心理に次のような傾向が生まれがちです。
- 「言われたことをこなせばいい」
- 「これは経営陣とコンサルの話で、自分には関係ない」
- 「数ヶ月すれば、また元に戻るだろう」
このような状態では、本質的な行動変容やマインドセットの転換は起こりません。結果として、プロジェクトが終了したとたんに元のやり方に戻ってしまい、外部支援にかけたコストと時間が無駄になるリスクさえあります。
成功のカギは「内側からの共鳴」
本当の変革は、「内側からの共鳴と行動」があってこそ実現します。外部支援が果たすべき役割は、“きっかけを与えること”や“方向性を示すこと”であり、最終的に現場の人々が「自分たちで動く」ことがゴールです。
そのためには、単に外から押しつけるのではなく、内部に“変革の火種”を持つ人材=エバンジェリストを育てることが不可欠なのです。
外部支援はあくまで“補助輪”
自転車の補助輪のように、外部支援は初期の不安定な時期を支える役割を果たしますが、いつまでも頼るものではありません。むしろ補助輪を外した後にこそ、組織の“真価”が問われます。
そのときに、内側に「自らこぎ出す力」を持った人材がいなければ、変革は止まってしまいます。
外部の力は確かに強力ですが、それだけに頼るのではなく、いかに内部に変化を“内在化”させていくかが、真に意味のある改革につながります。そのための鍵が、エバンジェリストの存在であり、育成なのです。
小さな伝道者を育てるメリット

社内にエバンジェリスト(伝道者)を育てることは、単なる「意識の高い社員」を増やすことではありません。彼らは、組織文化を変える“触媒”であり、変革のエネルギーを内側に蓄える役割を果たします。
ここでは、エバンジェリスト育成によって得られる具体的なメリットを、より詳細にご紹介します。
1. 現場主導の継続的な改善が促進される
現場で実際に働いている社員が自ら改善提案を行い、小さな行動を積み重ねていくことで、業務改革は「点」ではなく「線」になって広がります。
エバンジェリストがいることで、「問題提起→提案→実行→振り返り」というサイクルが自然に回りはじめ、上から言われなくても現場が自発的に動くようになります。これにより、改善活動が一過性で終わらず、持続的な成長サイクルとして根づいていくのです。
2. 組織全体に自律的な文化が根付く
伝道者が日々の会話や実践の中で価値観や考え方を広めることで、周囲のメンバーにも少しずつ“変化への前向きな姿勢”が伝播します。
これは強制された「改革」ではなく、「共感による自律的な変化」です。その結果、組織の中に「自分で考えて動くことが当たり前」という文化が育ち、“自走する組織”への進化が始まります。
3. トップと現場の橋渡し役が生まれる
経営層がどんなに優れたビジョンを掲げても、現場との間に温度差があると機能しません。エバンジェリストはその“ギャップ”を埋める存在です。
経営の想いを現場の言葉でわかりやすく伝えたり、現場の声をボトムアップで届けたりすることで、双方向のコミュニケーションが活性化され、組織全体が同じ方向に進みやすくなります。
4. 周囲に安心感を与えるリーダーシップが拡散する
エバンジェリストは、必ずしも“指導的”な立場である必要はありません。しかし、共感力や誠実さを持ち、自分の言葉で語れる人は、自然と周囲の信頼を集めるようになります。
その存在がチーム内にあることで、他のメンバーも「この人がいるなら安心して挑戦できる」「自分も何かやってみよう」と感じるようになり、心理的安全性の高いチームが生まれます。
5. 組織の中に“火種”が残り続ける
外部コンサルやトップの掛け声による変革は、どうしても時間の経過とともに熱が冷めていきます。しかし、社内のエバンジェリストが変革の意義を語り続けていくことで、変革の火は消えずに残り続けます。
この“内側に灯った火”こそが、変革を一過性で終わらせず、じわじわと組織全体に浸透させていくための原動力になります。
変革を“外発的”から“内発的”に変える
外部からの一時的な刺激や制度変更だけでは、本当の変化は定着しません。小さな伝道者を育てることによって、組織の中に「変化を支える力」を内在化することができ、結果として、変革は“自分たちのもの”として根付き始めるのです。
これは、一人ひとりが当事者となり、自分たちの手で未来をつくっていくための、非常に本質的かつ戦略的な取り組みといえるでしょう。
エバンジェリストの選定ポイント

エバンジェリスト育成の成否は、どのような人材を“伝道者”として選ぶかにかかっています。間違った人選をすると、形だけの活動になってしまい、かえって現場に不信感を生む恐れもあります。
そのため、肩書きや表面的な能力ではなく、“人間性と周囲との関係性”を重視した見極めが必要不可欠です。以下に、選定の際に特に重要視すべきポイントを詳しくご紹介します。
1. 現場で信頼されている
もっとも重要なのは、「この人の言うことなら耳を傾ける」という信頼感があるかどうかです。社歴が長いかどうか、役職が高いかどうかではなく、「日頃から丁寧に人と接している」「約束を守る」「困っている人に声をかけられる」など、小さな積み重ねで築いた信頼関係があることが大前提です。
信頼のある人が変革を語れば、周囲の人も「自分ごと」として受け入れやすくなります。
2. 自発的に動ける
エバンジェリストは、誰かに指示されて動くのではなく、自ら考え、行動を起こすことが求められます。たとえば以下のような特性が見られる人は適しています。
- 指示がなくても気づいて行動する
- 改善提案を自ら出してくる
- 新しいことに対して前向きに関わろうとする
こうした自発性は、変革の初期段階では特に重要な原動力になります。
3. 組織やチームの未来に関心がある
目の前の業務だけでなく、組織全体や仲間の成長に関心がある人材は、変革に対して強い動機を持ちやすくなります。
たとえば、「今のやり方では後輩が困る」「このままだとチームの力が発揮できない」といった“未来への危機感”を持っている人は、自然と変革の必要性を感じており、自分の言葉で語ることができます。
4. コミュニケーション力が高い(ただし話し上手とは限らない)
ここでいうコミュニケーション力とは、「話がうまい」「プレゼンが得意」という意味ではありません。むしろ、相手の話をしっかり聞き、共感し、丁寧に対話できる力を指します。
周囲との会話の中で自然と安心感を生み出し、信頼を得るような人は、静かであっても確実に影響力を持っています。“静かなリーダーシップ”こそ、エバンジェリストにふさわしいスタイルともいえるのです。
5. 誠実さと共感力を兼ね備えている
変革には痛みや葛藤がつきものです。時には否定的な反応や反発を受けることもあります。その中で周囲を巻き込みながら進めていくには、誠実さと共感力が欠かせません。
- 誰に対しても誠実でフェアな態度をとる
- 相手の立場や気持ちを汲み取って行動できる
- 困難な状況でも冷静に対処できる
こうした姿勢が、長期的に信頼されるエバンジェリストを育てます。
6. リーダー職でなくてもよい
エバンジェリストは、必ずしもリーダーや管理職である必要はありません。むしろ、現場の中堅や若手の中から自然とリーダーシップを発揮している人が担うことで、より共感を得やすくなります。
「職位」ではなく、「影響力のあり方」で選ぶことが、真の変革を生むためのポイントです。
選定は「育てる前提」で考える
最後に大切なのは、完璧な人を選ぼうとしすぎないことです。はじめは「素質」だけでも構いません。大切なのは、選んだあとにどう育て、どう支援していくかです。
選定とは、見極めることと同時に「信じて任せること」。その信頼こそが、エバンジェリストの成長を加速させます。
エバンジェリストの育成ステップ

エバンジェリストをただ“任命”するだけでは機能しません。信頼と自信を持ち、周囲に働きかけられる存在へと育てるためには、段階的なプロセスと組織的なサポートが必要です。
ここでは、5つのステップに分けて育成の流れを詳しくご紹介します。
1. 変革のビジョンを共有する
エバンジェリストを育てる前に、まず最も重要なのは「なぜ変革が必要なのか」「どこを目指しているのか」というビジョンの明確化と共感の獲得です。
- ビジョンが曖昧なままだと、伝道者自身が迷い、周囲にも伝わりません
- 数値目標ではなく、「どんな組織文化に変えていきたいか」といった理念レベルのメッセージを伝えることが大切です
- 経営者やプロジェクト推進リーダー自身が、自らの言葉で語ることが効果的です
また、この時点で「あなたがこの変革を支えてくれる存在になってほしい」と個別に伝えることで、当人の“覚悟”と“使命感”が生まれやすくなります。
2. コア人材を選定する
変革のビジョンに共感し、それを広める力を持つ“コアメンバー”を選定します。
- 「現場で信頼されている人」「自発的に動く人」「変革に前向きな人」など、前章の選定ポイントを参考に選びます
- 選定方法は、上司からの推薦・メンバーによる相互評価・立候補など複数の形式を組み合わせるとよいでしょう
- 大切なのは、「任されている」という意識を持たせると同時に、「組織として支える」という姿勢を示すことです
人数は最初は少人数で十分。3〜5名の小さな単位から始めて、成果を可視化しながら徐々に拡大していくのが理想的です。
3. 伝える力と共感力を高める
エバンジェリストには、変革の意義や新たな価値観を“伝え広げる”役割が求められます。そのためのコミュニケーション力の強化が必要です。
- ストーリーテリング:自らの体験や想いを交えて語ることで、周囲の共感を得やすくなります
- ファシリテーション:対話を円滑に進める技術を学ぶことで、チーム内での会話を活性化できます
- 傾聴スキル:相手の本音を引き出す力は、信頼を築くうえで不可欠です
- 心理的安全性:安心して意見を出せる雰囲気づくりもリーダーの大切な役割です
これらを身につけるために、外部研修や社内ワークショップ、ロールプレイングなどを活用すると効果的です。
4. 社内に広げるための仕掛けをつくる
スキルを身につけたエバンジェリストが活躍できる場を意図的に設計します。変革の火種を現場に広げる「場づくり」がこのステップの目的です。
- 小規模な勉強会やランチミーティングなど、気軽に話せる場を定期的に実施
- 社内ポータルやチャットツールでの情報発信(変革日記、改善ストーリーなど)
- 「何でも相談会」や「対話の場」のように、自由に話せる時間をつくる
このときのポイントは、「教える」ではなく「語り合う」スタンスです。エバンジェリストが身近な存在として振る舞うことで、参加者が「対話を通じて自分で気づく」流れをつくりやすくなります。
5. 継続的にフォローアップする
エバンジェリスト育成は、1回で終わるものではありません。定期的なフォローとコミュニティ運営によって、学びを継続させ、仲間意識を育むことが重要です。
- 月1回の振り返りミーティングや、共有会の開催
- 難しい場面に直面した際の相談窓口の設置
- 他部署のエバンジェリスト同士をつなぐ横のつながり(コミュニティ化)
- 成果や取り組みを表彰・称賛する仕組み(インナー表彰制度など)
こうしたフォローアップがあることで、「一人で抱え込まない」「継続するモチベーションが保たれる」といった心理的安全が担保され、活動が長く続いていきます。
エバンジェリスト育成は、単なる“育成研修”ではありません。変革の種を内側に根付かせ、仲間を巻き込み、共感の輪を広げるための“仕組み”づくりです。
この5ステップを踏まえながら、丁寧に、そして長期的な視点で育成に取り組むことが、組織を内側から変えていく確かな力になります。
よくある失敗と注意点

エバンジェリストの育成は、組織文化や人間関係に深く関わる繊細な取り組みです。成功すれば大きな効果を生みますが、やり方を誤ると、かえって信頼を失ったり、取り組み自体が形骸化してしまうリスクもあります。
ここでは、エバンジェリスト育成でありがちな失敗と、その背景にある原因、そして対策を具体的にご紹介します。
1. 上からの指名だけで進めると、自主性が損なわれる
「あなたはエバンジェリストだから、これをやってください」と、上層部から一方的に任命するやり方では、本人の主体性や納得感が得られず、形だけの役割に終わる危険性があります。
特に「やらされ感」が強い状態では、発言や行動にも熱意がこもらず、周囲の共感も得られにくくなります。
対策:
- 候補者への事前の説明と対話を重ねる
- ビジョンへの共感や本人の想いを引き出す
- 必ずしも指名だけでなく、立候補や推薦による柔軟な選定方法を検討する
2. 一部の人に負荷が集中して疲弊する
エバンジェリストは「変革の旗振り役」として期待されるあまり、すべてを任せきりにされてしまうケースが少なくありません。
本来は通常業務と両立する役割であるにもかかわらず、変革活動まで抱え込み、燃え尽きたり、心理的なプレッシャーに苦しんだりするリスクがあります。
対策:
- 「孤軍奮闘」にならないように、チーム制・ペア制で活動できる環境を整える
- 上司やリーダーが適切にフォローし、業務調整や心理的ケアを行う
- 小さな成果でも組織として称賛・評価する仕組みをつくる
3. 成果を急ぎすぎて、自然な浸透を待てない
エバンジェリスト活動の効果は、目に見える「数値」よりも、見えにくい「関係性」「空気感」「意識の変化」などに現れることが多いものです。
短期間で成果を求めすぎると、エバンジェリスト自身が焦り、“押しつけ”のようなアプローチになってしまう可能性があります。
対策:
- 数字で測りにくい活動も、「意味があるプロセス」であることを組織全体が理解する
- 短期目標と中長期的な変化の両方に目を向け、バランスよく支援・評価する
- 成果よりも、「対話が生まれている」「声をかける人が増えた」など、兆しの変化に注目する
4. 育成された人が孤立してしまう
エバンジェリストが周囲の無理解や無関心にさらされると、「自分だけが頑張っている」「誰もついてきてくれない」という孤立感を抱えてしまいます。
この孤立は、活動の停滞だけでなく、本人のモチベーション低下にもつながります。
対策:
- 他のエバンジェリスト同士がつながれるような横のネットワーク(コミュニティ)をつくる
- 定期的な振り返り会や雑談会を通じて、悩みを共有し合える場を持つ
- 上司・経営陣が表舞台でも裏方でも支えている姿勢を見せることが、心理的な支えになる
5. 広げることを強要してしまう
「もっと周囲に広めてくれ」とプレッシャーをかけることで、エバンジェリストが“伝える”ことに疲弊し、対話ではなく“説得”に変わってしまうケースがあります。
強制された伝道は共感を生まず、かえって反発を招くことさえあります。
対策:
- 「広げよう」ではなく、「まず自分が実践して見せよう」というアプローチを推奨する
- 一人で全社を変える必要はないことを伝え、小さな範囲からの成功を大切にする
- 強制ではなく、「自分のペースでいい」「周囲に火をつけようとしなくていい」といった心理的余裕を確保する
エバンジェリストを“守ること”が変革を守ること
エバンジェリストは、組織にとって貴重な変革の起点です。しかし、期待される役割が大きいだけに、丁寧に扱い、サポートし続ける体制がなければ機能しません。
「育てること」以上に大切なのは、「孤立させない」「背負わせすぎない」「失敗してもいいという安心感」を組織としてつくること。変革の種火を守ることこそが、組織を本当に変えていく第一歩なのです。
成功事例に学ぶ育成のコツ

■ ケース概要:ある中堅製造業での取り組み
この企業では、業務の属人化や組織内コミュニケーションの停滞が課題となっていました。改善を図るため、外部のコンサルタントの支援を受けつつ、社内に変革の担い手をつくるべく、「現場発の変革活動」の一環としてエバンジェリスト育成プロジェクトがスタートしました。
対象として選ばれたのは、20代後半の若手社員2名。いずれもリーダー職ではないものの、周囲との信頼関係が厚く、社内でも前向きに物事に取り組む姿勢が評価されていました。
■ 実施した主な取り組み
1. 変革テーマに関する学びの場を設計
2名のエバンジェリスト候補に対して、月1回の外部講師による研修(少人数制)と、毎週の1on1コーチングを実施。内容は以下のような構成でした。
- 組織開発やチームマネジメントに関する基礎知識
- 自己理解と強みの棚卸し
- ストーリーテリングや対話の技術
- 変化に向き合うマインドセット
2. 勉強会を自発的に企画・開催
学んだ内容を自分の言葉で伝える場として、エバンジェリスト本人たちが現場で小さな勉強会を実施。最初は部署内の同僚3〜5名に向けた気軽な対話会からスタートしました。
テーマはあえて「業務改善」や「人間関係」など身近な内容に設定し、自然な対話を促す工夫を行いました。
3. 成果ではなく“変化の兆し”を記録
「人数」「実施回数」ではなく、「誰とどんな会話をしたか」「どんな反応があったか」といった変化の兆しを記録するシートを使い、活動の“意味”に焦点を当てました。
4. 定期的な振り返りと称賛
月1回の社内レビュー会では、経営層も参加し、活動の報告を共有。発信力だけでなく“仲間に寄り添う姿勢”なども含めて称賛し、本人のモチベーションを高めました。
■ 成功のカギは「信じて任せる」と「小さな成功体験」
この事例が成功した要因は、次の2点に集約されます。
1. 自分たちで考え、動くことを“信じて任せた”
上司やコンサルタントが細かく指示するのではなく、「自分たちのペースでやってみよう」「正解はない」というスタンスでサポートしたことが、自発性と創造性を引き出す土壌となりました。
2. 小さな成功体験の積み重ね
いきなり全社展開を目指すのではなく、「1回でも共感してくれた人がいたら成功」「話し合いの雰囲気が良くなったら一歩前進」といったハードルを下げた目標設定を行いました。これにより、本人たちの自己効力感が高まり、自然と行動が継続しました。
■ 結果:自走する変革文化へ
半年間の支援期間が終了した後も、2人の活動は継続し、今では部署横断的に対話の場が自然発生的に生まれるようになりました。
さらに、彼らの姿を見た他の社員が「私もやってみたい」と声を上げ始め、組織全体に「変革は自分たちでつくるもの」という文化が根づきつつあります。
■ この事例から学べる育成のコツ
- 任せることで人は育つ
- 成果ではなく“変化の兆し”に価値を見出す
- 小さな場づくりから始める
- 成果よりも“継続できる仕組み”に投資する
- 経営層の応援と称賛が活動の継続力になる
このように、エバンジェリスト育成の成功には、スキルやツール以上に、信頼・支援・共感の土壌づくりが不可欠です。「小さな伝道者」が、自分の言葉と歩幅で進んでいける環境を整えることこそが、変革を本物にしていくカギと言えるでしょう。ChatGPT に質問する
まとめ:自走する組織をつくるために

組織変革において、仕組みや制度の導入は「入口」に過ぎません。本質的な変化とは、人の意識や行動が変わり、それが継続的に組織全体に広がっていくことです。
そのためには、「誰が言ったか」ではなく、「誰が共に動いたか」が問われる時代です。
こうした時代背景の中で、組織の内側から生まれる“変革の伝道者”を育てることは、極めて戦略的で本質的な取り組みです。
■ 「内発的な変革」こそが、組織を強くする
外部から変革を与えるだけでは、人は動いても「根づかない」。
反対に、内側から芽生えた小さな意志は、時間がかかってもやがて文化となり、やがて“組織の当たり前”へと姿を変えていきます。
目立つ存在ではなくとも、「あの人が動いているから」「一緒にやってみよう」と自然と人が動き出す。そんな“内なる推進力”を持った人材こそ、組織を支える真の力です。
■ 自走型組織とは、エバンジェリストが土壌をつくる組織
エバンジェリストは、トップの代弁者ではなく、共感と信頼を通じて、周囲をつなぎ、温める存在です。彼らが日常の中で少しずつ対話を重ね、気づきや変化を持ち寄ることで、組織の「空気」は静かに変わっていきます。
- 強制されなくても動ける人が増える
- 誰かの挑戦に手を差し伸べる文化が生まれる
- 上からの指示がなくても改善の動きが起きる
こうした変化は、制度や施策では生まれません。人が人を動かす循環が生まれることで、初めて組織は「自走」し始めるのです。
■ 地道だからこそ、確かな組織の力になる
エバンジェリスト育成は、即効性のある打ち手ではないかもしれません。しかし、短期のKPIだけを追い求める取り組みでは得られない、本質的で持続的な“人と組織の成長”を可能にします。
- 1人が変われば、3人が動く
- 3人が動けば、10人が関心を持つ
- 10人が変われば、組織の文化が変わる
この“静かな連鎖”こそが、企業の土台を変え、未来への競争力となるのです。
■ 最後に:誰もが、伝道者になれる
エバンジェリストは特別な存在ではありません。組織の中にある一人ひとりの熱意や信念に、少しの支援と対話の場が加われば、誰もが伝道者になれる可能性を持っています。
あなたの隣にいる静かな人、普段あまり目立たないけれど誠実な人、その誰かが火を灯せば、組織は変わり始めます。
変革は“自分たちのもの”として動き出したとき、ようやく本物になる。
その第一歩が、社内エバンジェリストを育てるという選択です。

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